勉強って何のため? ― 2006/11/03 20:40:07
高校生の履修不足がなんだか大問題になっていて、高校生自身が被害者のように言われているけれど、問題は「なぜ勉強するの?」ってことなんじゃないの?
私が高校生の頃は、学校によって理系と文系とにかっちり分かれて勉強をさせている学校もあったし、学区で一番の進学校は、3年間の授業を2年で済ませ、3年生の時は大学受験のための勉強をするということになっていたらしい。
私が通っていた高校は、それなりの進学校だったのだけれど、理系、文系の区別がなく、三年間、数学も理科も勉強した。志望の学部によって、数学の授業や英語の授業が別に用意されていて、午後はほとんど、“進学のため”の授業をやっていた。
他の学校がどうだったかは知らないけれど、日本史も世界史も現代社会(?)もやった。地理は覚えがないけれど、現代史だけは時間がなくて、希望者だけに補修のようなかたちで授業した。
勉強って何のためにしてるの?
学生の時は、そんなこと考えていなかった。今の子と同じように、志望校に入るために勉強していたところもある。「あーあ、微分積分が生活の何に関係があるのかね!」なーんて言いながら、家へ帰れば、“理系”の科目なんて見向きもしなかった。「史学に行きたい」と先生に言ったら、「そうなると教師くらいにしかなれないぞ」となんだか消極的なことを言われたこともある。
でも、少なくとも今の高校生のようなことは言わなかった。先生たちのようなことも言わなかった。
世界史は私の好みではなかった。日本史に比べ、範囲が広すぎるってこともあったかもしれないけど、でも先生が頑張って教えていたことは覚えている。
大好きな日本史は、先生が脱線しても脱線しても気にせずに、自分が知っている歴史をしゃべり続けていたのを覚えている。
国語なんて、どんなことを学んだのかなんて全然覚えていないのに、先生の初恋の人の名前を覚えていたりする。
志望校に入るための勉強以外は拒否していて、どんな結果が待っているのだろうか。良かれと思ってやった教師たちと、それを当然だと思っていた生徒たち。
バカな政治屋どもは、全く見当違いなことを言っているし、公立校の再建はある意味では必要だろう(子供の根性を叩き直すとこから始めなきゃ!)。
けれど、本当に必要なのは、「学校そのものがいつまでも思い出に残ること」なんじゃないかなぁと、今回の問題を考えていて思った。
私が高校生の頃は、学校によって理系と文系とにかっちり分かれて勉強をさせている学校もあったし、学区で一番の進学校は、3年間の授業を2年で済ませ、3年生の時は大学受験のための勉強をするということになっていたらしい。
私が通っていた高校は、それなりの進学校だったのだけれど、理系、文系の区別がなく、三年間、数学も理科も勉強した。志望の学部によって、数学の授業や英語の授業が別に用意されていて、午後はほとんど、“進学のため”の授業をやっていた。
他の学校がどうだったかは知らないけれど、日本史も世界史も現代社会(?)もやった。地理は覚えがないけれど、現代史だけは時間がなくて、希望者だけに補修のようなかたちで授業した。
勉強って何のためにしてるの?
学生の時は、そんなこと考えていなかった。今の子と同じように、志望校に入るために勉強していたところもある。「あーあ、微分積分が生活の何に関係があるのかね!」なーんて言いながら、家へ帰れば、“理系”の科目なんて見向きもしなかった。「史学に行きたい」と先生に言ったら、「そうなると教師くらいにしかなれないぞ」となんだか消極的なことを言われたこともある。
でも、少なくとも今の高校生のようなことは言わなかった。先生たちのようなことも言わなかった。
世界史は私の好みではなかった。日本史に比べ、範囲が広すぎるってこともあったかもしれないけど、でも先生が頑張って教えていたことは覚えている。
大好きな日本史は、先生が脱線しても脱線しても気にせずに、自分が知っている歴史をしゃべり続けていたのを覚えている。
国語なんて、どんなことを学んだのかなんて全然覚えていないのに、先生の初恋の人の名前を覚えていたりする。
志望校に入るための勉強以外は拒否していて、どんな結果が待っているのだろうか。良かれと思ってやった教師たちと、それを当然だと思っていた生徒たち。
バカな政治屋どもは、全く見当違いなことを言っているし、公立校の再建はある意味では必要だろう(子供の根性を叩き直すとこから始めなきゃ!)。
けれど、本当に必要なのは、「学校そのものがいつまでも思い出に残ること」なんじゃないかなぁと、今回の問題を考えていて思った。
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